鎖骨骨折メモ(第1週) [鎖骨の会]
自転車競技を始めてからの骨折は、
手首(橈骨&尺骨)、尾骨、大腿骨転子部
と、過去3回あり、「次は鎖骨かな(笑)」とネタにしているところもあったのですが…、
本当に折ってしまいました(><)
6/28のレースの6周回終了時に落車。もう1周走ってレース終了。
最後まで走ることができず、悔しいのが半分、申し訳ないのが半分。
会場で擦過傷の応急処置をしていただく。左肩の痛みが嫌な感じ。打撲だけの痛みとは違う感じ。
監督と一緒に病院に行き、レントゲンを撮ってもらうと…、折れていました。
治るのに2か月と言われました。
この時、レースを完走できなかった悔しさと申し訳い気持ちから、
今後のレースに出られないことの無念さと申し訳ない気持ちに変わる。
予定していたのは、以下のレース。
6/28 全日本ロード(鎖骨骨折)
7/4-5 夏油高原ヒルクライム
7/12 JBCF乗鞍ヒルクライム
7/19 JBCF石川ロードレース
7/25-26 Mt.鳥海バイシクルクラシック
8/30 マウンテンサイクリング乗鞍
復帰は8月末の乗鞍か?鳥海は無理をすれば走るだけなら走れるか?という感覚。
左腕は全く使えず、右手首も痛めていたため、帰宅時の運転は右手首の痛みに耐えつつの苦行。
帰宅後、翌日以降のことを考える。
レース以前に、通勤が厳しいことに気が付く。
自転車は使えないとか、荷物が持てないとか、梅雨の時期であることとか、暑さ対策とか…。
仕事自体は幸い、指が動けば何とかなりそうなのが救い。
レース翌日は地元の病院へ。
おそらく、『保存(2か月程度安静)』か?『手術(手術後はすぐに動ける)』か?を選択することになるだろうと思っていたら、
普通はできるだけ手術は望まないだろうという考えから、手術の話は出なかったが、希望すれば手術してくれるとのこと。
2か月間のストレスを考えると、手術のデメリットは傷跡が残るくらいな気がして、そのつもりになっていたものの、
最短での手術日は7/3(金)とのことで、夏油には出られないのは同じであることと、最重要レースのJBCF石川については、
監督が保存で治すように言ってくれたこともあり、5日間様子をみて、ずれなければ手術はしないという方針に決定。
というわけで、固定バンド生活が開始されました(6/29)。スイーツ療法も開始(・ω・)
2日目(6/30)、日常生活に戻り、固定バンドをつけて出社。細心の注意でママチャリ出社。
バンドが見えないように服が1枚多くなるので暑い。
とりあえず、「体調不良」で1日休んで、嘘をつくつもりはないものの、聞かれなければ骨折のことは言わない方針。
デスクワークは問題なし。社員食堂で右手しか使えないのが不便だった。右手の痛みは殆どなくなった。
3日目(7/1)、徒歩出社。汗をかきたくないので時間がかかる。
左腕は全く使えないほどではないものの、力は入らないし、可動域もせまい。
ドアは開けられないし、顔に手が届かない。
ペットボトルやご飯茶碗程度を持てるようになったが、そのまま口に運ぶことはできないという微妙なライン。
4日目(7/2)、諸事情で固定バンドをつけずに出社。
骨の痛みというよりも、硬直した筋肉の痛みがメインになっていることに気が付き、マッサージしながら通勤。
トイレの石鹸のボタンを押す力はまだないものの、顔を洗う時に左手が役立つ程度に可動域が広がってきた。
車を運転してみたら、サイドブレーキを引くことができた。押すよりも引くほうが鎖骨の負担はないっぽい。
北上までの運転ができると確信したので、レースで走るか?は保留として、週末の夏油には行くことに決定する。
両親と姉が同行してくれることになっていて、家族旅行目的もあったので中止にはしたくなかった。
5日目(7/3)、夕食後、仙台に向けて車で出発。
ローラー台だけはお願いしたものの、他は自分で積み込むことができた。
これができなければ、レース参加はだめだろうということで、基本的には参加の気持ちで。
5時間半ほどで仙台の実家に到着。
6日目(7/4)、夏油の個人タイムトライアルに参加。
雨なら諦めようとも思っていたが、なんとか降らないでくれた。(道中は大雨…)
TTバイクに跨ってみると、左手がバーの先端の変速ボタンに届かない。
フロントの変速は必要ないレースなので、姿勢を少々妥協する程度で問題は小さい。
痛みはあるものの、短時間なら大丈夫そう。
痛みが出ないように起き上がったポジションで周辺を走ってアップ。
結果が優勝だったのは、想定外。
7日目(7/5)、夏油高原ヒルクライム。
ハンドルの持ち替えは少々痛みを伴う感じ。ダンシングは無理でした。
前日の結果から、自分でも期待してしまったが…、
結果は惨敗。
そもそも、けがの前も調子は良くなかったので、けがのせいにもできないところが微妙だが、
大きく息をを吸い込むと胸に痛みがあるくらいなので、肩以外でも問題はあったのだろう。
「とりあえず走れる」ということはわかったので、
あとは焦らず、8月末、そして、9月以降に向けて。
手首(橈骨&尺骨)、尾骨、大腿骨転子部
と、過去3回あり、「次は鎖骨かな(笑)」とネタにしているところもあったのですが…、
本当に折ってしまいました(><)
6/28のレースの6周回終了時に落車。もう1周走ってレース終了。
最後まで走ることができず、悔しいのが半分、申し訳ないのが半分。
会場で擦過傷の応急処置をしていただく。左肩の痛みが嫌な感じ。打撲だけの痛みとは違う感じ。
監督と一緒に病院に行き、レントゲンを撮ってもらうと…、折れていました。
治るのに2か月と言われました。
この時、レースを完走できなかった悔しさと申し訳い気持ちから、
今後のレースに出られないことの無念さと申し訳ない気持ちに変わる。
予定していたのは、以下のレース。
6/28 全日本ロード(鎖骨骨折)
7/4-5 夏油高原ヒルクライム
7/12 JBCF乗鞍ヒルクライム
7/19 JBCF石川ロードレース
7/25-26 Mt.鳥海バイシクルクラシック
8/30 マウンテンサイクリング乗鞍
復帰は8月末の乗鞍か?鳥海は無理をすれば走るだけなら走れるか?という感覚。
左腕は全く使えず、右手首も痛めていたため、帰宅時の運転は右手首の痛みに耐えつつの苦行。
帰宅後、翌日以降のことを考える。
レース以前に、通勤が厳しいことに気が付く。
自転車は使えないとか、荷物が持てないとか、梅雨の時期であることとか、暑さ対策とか…。
仕事自体は幸い、指が動けば何とかなりそうなのが救い。
レース翌日は地元の病院へ。
おそらく、『保存(2か月程度安静)』か?『手術(手術後はすぐに動ける)』か?を選択することになるだろうと思っていたら、
普通はできるだけ手術は望まないだろうという考えから、手術の話は出なかったが、希望すれば手術してくれるとのこと。
2か月間のストレスを考えると、手術のデメリットは傷跡が残るくらいな気がして、そのつもりになっていたものの、
最短での手術日は7/3(金)とのことで、夏油には出られないのは同じであることと、最重要レースのJBCF石川については、
監督が保存で治すように言ってくれたこともあり、5日間様子をみて、ずれなければ手術はしないという方針に決定。
というわけで、固定バンド生活が開始されました(6/29)。スイーツ療法も開始(・ω・)
2日目(6/30)、日常生活に戻り、固定バンドをつけて出社。細心の注意でママチャリ出社。
バンドが見えないように服が1枚多くなるので暑い。
とりあえず、「体調不良」で1日休んで、嘘をつくつもりはないものの、聞かれなければ骨折のことは言わない方針。
デスクワークは問題なし。社員食堂で右手しか使えないのが不便だった。右手の痛みは殆どなくなった。
3日目(7/1)、徒歩出社。汗をかきたくないので時間がかかる。
左腕は全く使えないほどではないものの、力は入らないし、可動域もせまい。
ドアは開けられないし、顔に手が届かない。
ペットボトルやご飯茶碗程度を持てるようになったが、そのまま口に運ぶことはできないという微妙なライン。
4日目(7/2)、諸事情で固定バンドをつけずに出社。
骨の痛みというよりも、硬直した筋肉の痛みがメインになっていることに気が付き、マッサージしながら通勤。
トイレの石鹸のボタンを押す力はまだないものの、顔を洗う時に左手が役立つ程度に可動域が広がってきた。
車を運転してみたら、サイドブレーキを引くことができた。押すよりも引くほうが鎖骨の負担はないっぽい。
北上までの運転ができると確信したので、レースで走るか?は保留として、週末の夏油には行くことに決定する。
両親と姉が同行してくれることになっていて、家族旅行目的もあったので中止にはしたくなかった。
5日目(7/3)、夕食後、仙台に向けて車で出発。
ローラー台だけはお願いしたものの、他は自分で積み込むことができた。
これができなければ、レース参加はだめだろうということで、基本的には参加の気持ちで。
5時間半ほどで仙台の実家に到着。
6日目(7/4)、夏油の個人タイムトライアルに参加。
雨なら諦めようとも思っていたが、なんとか降らないでくれた。(道中は大雨…)
TTバイクに跨ってみると、左手がバーの先端の変速ボタンに届かない。
フロントの変速は必要ないレースなので、姿勢を少々妥協する程度で問題は小さい。
痛みはあるものの、短時間なら大丈夫そう。
痛みが出ないように起き上がったポジションで周辺を走ってアップ。
結果が優勝だったのは、想定外。
7日目(7/5)、夏油高原ヒルクライム。
ハンドルの持ち替えは少々痛みを伴う感じ。ダンシングは無理でした。
前日の結果から、自分でも期待してしまったが…、
結果は惨敗。
そもそも、けがの前も調子は良くなかったので、けがのせいにもできないところが微妙だが、
大きく息をを吸い込むと胸に痛みがあるくらいなので、肩以外でも問題はあったのだろう。
「とりあえず走れる」ということはわかったので、
あとは焦らず、8月末、そして、9月以降に向けて。
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